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[2021.06.15]

書肆ゲンシシャ
~珍奇に満ちた温泉街の驚異の陳列室~



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現在の博物館の前身は、中世ヨーロッパの貴族達が競い合って屋敷内に設け、 世界各地の珍品を陳列した“驚異の部屋”(※1)だが、それをモデルにした不思議な店が大分県別府市にある。
2016年に駅近のビルにオープンした「書肆ゲンシシャ」だ(※2)。

※1:「不思議の部屋」や「ヴンダーカンマー」、「クンストカメラ」とも呼ばれる。
ロンドンの大英博物館もハンス・スローン卿のヴンダーカンマーの収集物を基に作られたという。
余談ながら、人気アニメ映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズに登場する空中戦艦「AAAヴンダー」も、 ネタバレになるので詳しくは書けないが、設定上の本来の役割などから鑑みても、恐らくヴンダーカンマーのイメージが反映していると思われる。

※2:書肆(しょし)は書店、本屋の意味。4年に一度のうるう年の2月29日にオープンした。
店名には、かつての幻想文学の世界のように、現代の「幻視者」が集う空間にしたいという思いが込められている(団体名は「幻視者の集い」)。 料金は読書1時間+ドリンク1杯で500円。


驚異の部屋系の施設は世界各地にあるが、この温泉街の物件が特徴的なのは、古書店を主体に営業している事だろう。
ゲンシシャ(幻視者)の名の通り、店内には幻想文学・絵画を中心に、 エロ・グロ・ナンセンスがテーマの古書がズラッと並ぶ(※3)。

※3:文芸書、画集、写真集、雑誌、洋書、学術書、絵葉書、直筆原稿、郷土資料、地図など、取扱ジャンルは多種多様。目立つ机の上には、死や怪異に関する本が平置きされている。
私設のマンガミュージアムでもあり、珍しいアングラ系作品も多数。


世界恐慌や関東大震災で揺れた昭和初期に、恐怖や不安から人々に求められたように、 バブル崩壊後の長引く不況や東日本大震災に見舞われた現代人に、エロ・グロ・ナンセンスな代物を提供する事で、 生きる力を取り戻してほしいというコンセプトらしい。










人皮装丁本や人骨ラッパ、球体関節人形や生き人形(※4)、 昭和初期のからくり時計や生物の標本など、所狭しと珍品が陳列されている。

※4:球体関節人形は作家・四谷シモン氏の弟子が作った少女。
生き人形は若くして亡くなった女性の姿をリアルに再現したもの。
大正時代の人形で、頭部には人間の髪が使われている。


特に印象的なのが数々の“死後写真”である。
19~20世紀初頭のヨーロッパ特有の習慣で、死者を生前の姿に見立てて撮影した写真だ。


化粧を施し、目を開けた死者の姿は、まるでまだ生きているようだ。
当時は写真撮影が高価であった為、1枚も肖像を残さず生涯を終えてしまう事も多々あり、 そうした故人の親族が顔を忘れたくないという思いから、死後写真を依頼したという。


同店では、「永遠の命」展と題した展覧会(終期未定)として、 これらの死後写真や心霊写真を展示し、1点数万円程度で販売もしている。






郷土資料も豊富で、中でもかつて別府にあった観光地「八幡地獄」(※6)の名物「怪物館」で展示された、 人魚や河童、件や鵺のミイラ、鬼の骸骨などの貴重な写真の絵葉書も見逃せない。

※6:戦前に賑わった噴泉地。
かやぶき屋根の建物が並び、高さ約3.6mの鬼の骸骨が象徴的に屋外に飾られていた。
しかし、湧出量の減少で閉鎖され、現在は八幡公園に姿を変え、かつての面影は無い。
怪物館も1963年にオーナーの死亡に伴い閉鎖され、展示物は焼却処分された。






これらは全て、若い頃から珍奇なるものに興味があった、 地元生まれの店主・藤井氏が蒐集したコレクションで、販売もされている。




思わず別府である事を忘れる異空間だが、 秘宝館というサブカルの遺産を失い、湯煙が揺らめくこの街に相応しい“幻を視る館”である。


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