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[2009.05.05]

イタリア怪紀行⑧
~サン・ガルガーノ聖剣伝説~



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アーサー王伝説

アーサー王伝説はご存知であろうか?
神話やファンタジーに興味のある人なら知らない者はいない、有名な中世の騎士物語だ。
この物語はフィクションであるが、主人公のアーサー王のモデルは、5~6世紀にかけて現在のイギリス、当時はブリテンと呼ばれていた国に実在した貴族ではないかと言われている。
この伝説の王が持っていたとされるのが、RPGなどでお馴染みの聖剣エクスカリバーだ。
物語では、アーサーはブリテン王の隠し子であったが、自身の出生の秘密を知らずに田舎の一騎士のもとで育つ。
そして、王が亡くなった後、真の王位継承者を見出すべく、巨石に刺さったエクスカリバーを引き抜いた者がブリテンの次の王となるとし、国中の貴族が召喚される。
誰一人としてその剣を引き抜く事が出来ない中、偶然その場に居合わせた15歳のアーサー少年が、いとも簡単に剣を引き抜いてしまう――という具合だ。

このエクスカリバーと思しき剣は、本国イギリスでは見つかっていないが、一方、遠く離れたイタリアのトスカーナ州の小さな丘の上の教会に、そのモデルとなった可能性のある剣が今も残っている。

ガルガーノ・グイドッティ Galgano Guidotti

そこはモンテ・シエペという場所だが、その名を示す道路標識などは無く、サン・ガルガーノと呼ばれている。
12世紀に、ガルガーノ・グイドッティなる騎士が、超自然的な力で岩に剣を突き立てたと言われる事に由来する名だ。
ガルガーノは、1148年、シエナ近くのキウズディーノの貴族であった父グイドットと、母ディオニージアの間に生まれた。
ガルガーノはある時、夢の中で大天使ミカエルが騎士の衣装を着るよう指示した事がきっかけで、回教徒から聖地エルサレムを奪回する為の戦いに参加する。
伝承によれば、1180年、騎士として戦いに明け暮れる日々を過ごし、数多のおぞましい光景を目の当たりにし、肉体的にも精神的にも疲れ切ったガルガーノは、生まれ故郷を囲むモンテ・シエペの丘に到達する。
そして、戦いの虚しさと悲しみを感じてやるせなくなり、己の胸に剣を突き刺そうとしたその時、ガルガーノの頭に「この地に教会を建てよ」という神の言葉が聞こえた。
するとその瞬間、剣が岩盤に吸い込まれる様に突き刺さり、柄の部分が十字架となって彼の前に聳え立ったという。
この出来事を、神が自分を受け入れた印と見て取ったガルガーノは、それ以降は俗世を捨て、この丘に小屋を建てて、隠者の生活に入る。

ガルガーノ・グイドッティ Galgano Guidotti

ガルガーノは自分の行いに反対する婚約者と母親を遠ざけ、暴力と贅沢を否定し続けながら、雑草のみを口にして、人里離れたこの地で簡素な生活と祈りの日々を送り、1181年12月、32歳の若さで死んだ。
彼は死後、最初期の聖人として列せられ、遺体は彼が突き立てた剣の脇に葬られていたという。
そして、その周囲に、聖ガルガーノの墓として、1182年に筒状の礼拝堂がチステルチェンセ修道会により建設され、1218年には、モンテ・シエペの丘の麓に、今では廃墟となってしまっている修道院の建築が始められる。
800年を経た現在でも、剣は当時のままの姿で岩に突き立てられているのである。


トスカーナ州・ド田舎

現在地とかけまして、ヨシオの給料と解く・・・!

・・・その心は?

殆ど何もナッシング~!

ヘタクソッ!だがムカつくッ!
んな事より、伝説の聖剣とやらは本当にこの近くにあるんですかあ?いつもの事ながら嘘くさい・・・。

そうよ、こんなケータイ常時圏外の田舎くんだりまでわざわざ来たのよ!今更マユツバとかだったら泣かすわよ!

間違いないわい!岩にぶっ刺さった聖剣がこの先にある!
そんな厄介なもんを放置しておいて、いずれ選ばれし勇者にゲットされてワシに挑まれてはたまらんからな・・・!
今のうちにどうにか引き抜いて回収しておこうっちゅー寸法じゃ!
転ばぬ先の杖じゃ!いや、滅ばぬ先の剣かな?

ったく、用心深いというか小心者というか・・・。


針葉樹が両側に植えられた道をしばらく進んでいくと・・・


サン・ガルガーノ修道院跡に到着。世にも素敵な教会の廃墟だ。

ふむ、ここじゃ。
なかなかいい感じに朽ちてるじゃねーか、おい。

ええ、ちょっと不気味ながらも、何とも言えない趣のある哀愁感がありますな。ワビ・サビって感じですかね。

愛週間・・・?ワサビ・・・?

でもさ、何かモンスターでも現れそうな雰囲気よね。
出たらボッコボコにしてやるけどさ。

向こうが恐がって出てこないですよ・・・。


修道院の建築は1218年に始まり、長い年月をかけて、1268年にようやく完成した。
信仰の場として100年程栄えるが、時代の流れで14世紀末には次第に衰退し、1768年にゴシック様式の天井が崩れ、現在の状態に至っている。

・・・教会の廃墟に行くのは今日かい?・・・はい今日です。

いや、ほら、「教会」と「廃墟」が「今日」にかかった一人二役の実に高度な・・・

いちいち説明せんでいいですヨッ!


この修道院は、11世紀末にフランスで設立されたシトー派の修道会に属していたらしい。
シトー派は禁欲的で、「清貧・貞潔・服従」をモットーとした為、祈りや生活の場である修道院は、俗世間から遠く離れたこんな辺鄙な場所に造られたのだそうだ。


中庭の残骸にさり気なく顔を覗かせた聖母マリア像。
背後にはかつて使用されていたと思われる井戸がある。


聖堂内部。長さ72m、幅21m。
一歩足を踏み入れると、何処と無く漂う神聖な雰囲気と同時に、独特の甘美さと虚無さを感じさせる空間だ。

いやはや、これは息を呑みますね・・・。
外とは明らかに空気が違って圧倒されますよ・・・。

そうね、何か引き込まれるものがあるわ。
滅び行くものの美しさってのかしらね。

屋根が無いだなんて、雨の日困るじゃねえか。やーねえ。

このかつて床だった部分に生えた草も、建物とはアンバランスなアクセントとなっていて、実にいいですね。
徐々に大地と一体化していっている様な。

天井が空ってのもいいわよね。
曇ってなきゃ、きっと夜は綺麗な星がいっぱい見えるんでしょうね。

・・・や、やーねえ。


側廊も、繊細で美しいフォルムが静かな迫力を醸し出している。


シトー派は彫刻や美術による教示を禁止している為、他宗派の教会によく見られる絢爛な装飾も無く、至ってシンプルな造りである。
しかし、逆にそれが、祈りを捧げるには必要最低限の環境で何ら問題無いという、崇高さが現れている様にも思える。


アンドレイ・タルコフスキー監督の映画『ノスタルジア』のラストシーンに使用されたロケ地でもあるバジリカ。
かつて鉛の天井がそこにあったとは、もはや想像するのも難しい。

こうして空を眺めてると、まるで天空に浮かぶ聖堂みたいですね。

あらっ、なかなかお洒落な事言うわねヨシオ、その顔で。
10点あげるわ。

あ、ありがとうございやす、姉御・・・。

フッ、ワシだってそんくらい余裕じゃぜ。
見てみろ、あの教会のファサードを。
まるで気絶したパーマンみたいじゃね?ほら、窓が目で、扉が口で。

マイナス10点!

ホワイッ!?


薔薇窓がはめられていたであろう壁面が、長い年月を経て、人の造りしモノの儚さを醸しだしている。


ところで、肝心の聖剣は何処にあるんですか?見当たりませんが。

えーと、確かどっかにある礼拝堂にあるはずなんじゃが・・・。

礼拝堂ったってねえ・・・。
モノが無いのがウリみたいなこの場所にそんなもんあんの~?



あったよ。

あー、そうじゃ!丘の上にあるんじゃった!

何で離れてんのよバカッ!
ったく、オール・イン・ワンを知りなさいよ・・・。

ってか、出口に雨水が溜まっててウザいですね・・・。

ワシが先陣を切って手本を見せてやる!とうっ!

バチャッ!

ぎゃあっ!

ヨシオ、転がってる石並べて橋を造って。

御意。


外に出ると目の前に小屋みたいなものが。
物置と見せかけて、隠しダンジョンに通じる入口なのかもしれない。


聖堂側面の外観。
所詮はくたびれた冷たい石材の塊に過ぎないのだが、悔しきかな、妙にそそられるものがある。


丘の上の礼拝堂に続く道。
一見して、鼻歌交じりのピクニック気分でランラランとスキップしたくなる(※アホ)様な小道であるが・・・


この日は雨が断続的に降っている為、見事に悪路。
つーか、軽く川になっとる。スキップなぞしたら死ぬ。
気をつけて進まねばなるまい。

聖剣を抜きに来た者に立ちはだかる試練か・・・!
ふんっ、この程度、なんてこたあないぜ神よ・・・!

冗談じゃないわ。
これじゃブーツが泥だらけになっちゃうじゃないのよ。
しょうがない、ヨシオおぶって。変なとこ触ったら殴るけど。

兵隊は犠牲になってもいいのか・・・。

嬲って!?・・・ああ、“おぶって”か・・・。


一面に広がる草原の中、忘れ去られた様に建っている修道院跡を背に道を歩む。雨の所為か、訪れてくる人はいない。


何だかだんだんヤバい坂道になってきましたよ。

あらやだ!何このグランド・キャニオンッ!

足を踏み外したらコロラド川にまっ逆さまですね・・・。

くだらない事言ってないで、さっさと登った登った。


修道院跡から歩く事数分、聖ガルガーノの終の住処となった筒状の礼拝堂ロトンダ・ディ・モンテ・シエーピに到着。こちらは現役。


入口にはニャンコさん達がくつろいでおられました。のどかな場所だ。

ちわーっす!聖剣抜きにきますたーっ!

大魔王様、こっちは今も住んでる人がいるみたいですから、あんまり調子こかない方が・・・。

そうよ、外で修道女のおばちゃんが掃除してたわよ。
それに、もし剣を取っちゃったら、観光客をアテに生活してる人達が可哀想だわ。

・・・お前、案外優しいとこあるじゃねーか。

べっ、別にそんなんじゃないわよ!ざっけんなバカ!

心配するな、代わりにこのピコハンを刺して帰るから!

やめんかいッ!



さあて、建物の内部に足を踏み入れると、ソッコーでありました。
「トスカーナのエクスカリバー」、「聖ガルガーノの奇蹟」と呼ばれる伝説の聖剣・・・


ラ・スパーダ・ネッラ・ロッシア
(La spada nella roccia)

ようやく会えたな・・・!そして、思ってたより黒いネ・・・!

これが現存する伝説の剣ですか・・・。なんと神々しい・・・。

マジであったわね・・・。ちゃんと岩に刺さってるし・・・。


剣は宝石等の装飾は無く、すっかり錆付いていて、聖剣と言う割にはいささか華やかさに欠ける。
しかも、勇者になるべく剣を引き抜こうとした何者かによって、1912年と1960年代、1991年に地上に露出した部分が折られた為、以後は周りをセメントで固めて補修された上で、強化プラスティックのカバーで覆われてしまった。
だが、それでも、目の前で醸し出される存在感は圧倒的だ。
この剣は長年に渡って、後世の誰かが捏造した偽物であると言われ続けてきたそうだが、2001年9月にパピア大学のルイジ・ガラシェリ博士率いる聖ガルガーノ・プロジェクトによって行われた調査で、剣の材質は現代の合金ではなく、実際に12世紀のものである事が明らかになった。
岩盤に元々あった割れ目に剣を差し込んだのではないか、とも言われていたが、まるで砂の中に入れたかの様に、剣と岩との間には、全く隙間が無かったという。

しっかりカバーがかけられてありますね・・・。
こりゃ引き抜くのは諦めるしかないですよ・・・。

でーじょぶだ。こんな物理的なセキュリティーは問題ではない。
大事なのは、熱く滾る強い信念じゃ・・・!

はあ?何言ってんの?精神論だけじゃどうにもなんないわよ。


また、調査では、この礼拝堂の建設に使われた煉瓦が、礼拝堂の設立よりも150年も前のものである事が判明し、壁の中からは12世紀のミイラ化した両手が発見された。
実は、聖ガルガーノの伝説には、彼の留守中に剣を折ろうとして、狼に腕を噛み千切られる男が登場するのだが、発見されたミイラ化した両手はその男のものであると考えられる。
現在この手は、入って左側にある小部屋に置かれているが、普段はヴェルヴェットの赤い布をかぶされていて、一般には公開していない様だ。

すぐそこに見えるのに、扉に鍵がかかってて中に入れませんね・・・。出し惜しみやがって・・・。

ちょッ!?はあーッ!?

えっ、どうしたんですか!?


ナイツ・オブ・ザ・ラウンドッ!!

さあ、今こそ我が力試す時・・・!
待っててくれ、村の皆・・・、そして母さん!
必ずや世界を闇から救ってみせるッ!!

もの凄い中二病だあーッ!?
お医者様あーッ!!

このドアホーッ!!
一体何考えてんのよーッ!!?

いや、やっぱ聖剣を抜くにはちゃんと気持ちが勇者になってねえとな!剣も人を選ぶから!ってな訳で、大魔王ぶっ殺すぜい!

あなたでしょーがっ!


はあああああーッ・・・!!


あああああああああ・・・!!

ゴゴゴゴゴゴゴ・・・!

ええッ!?

ま、まさか・・・!?


30分後――

あああああああああ・・・!!

いつまでやっとる!!

もう諦めなさいよッ!!


残念ながら、抜けましぇんでした。

やっぱ長老との会話イベント後でフラグ立ってないとダメか・・・。

誰ですか長老って!?

マイナス100点ッ!!

La spada nella roccia

エクスカリバーという名の語源は、アーサー王物語のフランス語版『ブリュ物語』(1155年)に登場する「Escalibor」が発端である。
それ以前の1136年に書かれた『ブリテン王列伝』では、聖剣はまだ「Caliburnus(カリブルヌス)」と呼ばれ、素晴らしい剣、として表現されているだけだった。
一方、エクスカリバーの意味するところは、「かつてカリバーだった剣」で、つまり、この剣は一度折られ、その後打ち直された物である事を示している。
伝説では、ガルガーノの留守中に、男が剣を折ろうとして狼に~と前述したが、この時、剣は一度折られてしまったという。
しかしその後、神の力で奇蹟的に元通りになったとされる。
このエピソードは、エクスカリバーの名の意味と一致する。
多少の年代のズレはあるが、伝承の不明確さを加味した場合、アーサー王物語が各地の言語に翻訳される際に、トスカーナ地方の一騎士の人生が、アーサーという英雄像を形作る一要素として、物語に取り込まれていったとも考えられるのである。

参考文献:『フィレンツェ・ミステリーガイド』/著・市口桂子


【巻末付録】サン・ガルガーノの歩き方

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