> 魔界冒険記 > 魔界地図 -WONDER WORLD- > Article


[2020.06.04]

昆虫千手観音像
~大量の虫で作られた異形の供養仏~



  • このエントリーをはてなブックマークに追加

苦手な人には【閲覧注意】と言いたいが、信仰の形は多種多様という事で、なんと“虫の死骸で作られた千手観音像”が存在する。
その像は意外にも寺ではなく、群馬県板倉町の中央公民館に展示されており、誰でも無料で拝観が可能。




2階広間のガラスケース内に鎮座するその姿は、高さ1.8mの全身(台座や杖、光背まで)が虫だらけという異様な状態。


鳥肌級のグロさながら、玉虫色の甲冑の如き造形美も併せ持ち、ある意味、 人知を超えた存在の神仏に相応しい具現化とも言えよう。


これは『昆虫千手観音像』という名の作品で、近所の農夫・稲村米治氏が“虫供養”を目的に、6年がかりで制作したものらしい(※1)。
稲村氏が各地で採取した、カブトムシ、クワガタ、カナブン、カミキリムシなど、約2万匹が素材に使用されているという(※2)。

※1:金属棒や針金に、近所の水草を木綿テープで巻きつけて人形を作り、そこに注射で殺した虫をピンで刺すという手法が取られている。
生きていた時の状態を再現すべく、脚を広げる作業は特に手間がかかったようだ。

※2:当時、東武鉄道に勤めていた稲村氏は、仕事から帰宅後の深夜に、寝る間を惜しんで虫を採りに行ったという。 また、噂を聞いた近所の人が虫を持ってきてくれる事も多々あったようだ。
とはいえ、一度に虫を収集するにも限界があり、夏になるべく多く採取し秋に像を制作するサイクルを数回繰り返す、 実に気の遠くなる作業を行った模様。


モデルは奈良県の唐招提寺金堂の千手観音で、1975年に完成後、1978年に同館へ寄贈されたそうだ。
製作のきっかけは、稲村氏が子供の虫の標本作りを手伝った際、人形にする事を思いついたからだとか(※3)。

※3:小学生だった長男の宿題である標本作りの手伝いが、次第にエスカレートしたようだ。
最初は虫を板に打ち付けて標本にしていたそうだが、経年劣化が発生する為、 見栄えと保存性などの理由から、人形に刺してみる事にしたらしい。


そして1970年、5000匹の虫の死骸で新田義貞像(※4)を制作。
図らずもこの時の虫がだいぶ余り、捨てるのも忍びないという事で、最後に供養のつもりで千手観音(※5)を作ったそうである。

※4:新田義貞は、鎌倉末期・南北朝時代の武将。
現在の群馬県太田市に生まれ、苦しむ民衆の為に立ち上がり、鎌倉幕府を倒した。
その彼をモチーフにした昆虫像は、稲村氏の自宅に保管されている。
牛小屋に広い作業スペースがあった事も、この奇妙な像を作るのに好都合だったようだ。

※5:千手観音にしたのは、なるべく大勢の人に見てもらいたいという気持ちと、クワガタが手の部分になると思いついた事が主な理由らしい。
仏教では、千手観音の千本の手はそれぞれ眼を持つとされ、世の衆生を救済する“大いなる慈愛”を表現している。 それを思うと、虫で像を作った事も案外、理に適っているのかもしれない。


虫好きおじさんの執念にも似た慈愛が生んだ超大作なのだ。


■関連記事
蜂天国~世界初のスズメバチ芸術館~
ムシキング・ハンター(LIVE更新)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んだ人は、多分こんな記事も読んでいます。

Back number

Maps

Archives

News Headline

ページのトップへ戻る
inserted by FC2 system