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[2022.11.18]

強卵式
~天狗の卵責めを断固拒否する禁食の儀式~



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ドスの利いた声で怒鳴りながら、天狗が“山盛りの卵”を全部食べるよう人々に強要する。 まるで、飲み会のパワハラ上司の如き理不尽な迫力だ。
しかし結局、全員に卵を断固として拒否されてしまう―― そんなシュールな光景が繰り広げられる、世にも奇妙な儀式がある。その名も「強卵式(ごうらんしき)」。


毎年11月23日、栃木県栃木市の都賀町家中地区にある「鷲宮神社」の例大祭(酉の市)で、 強卵式は厳かに・・・いや、ユル~く執り行われる。
例年であれば、神楽やお囃子などの奉納が事前にあるようだが、 訪問時の2021年はコロナ禍の影響により、儀式のみの縮小開催となった。


開始時間も例年なら午後1時半からのようだが、前述の現在進行形の理由により、今回はなんと大幅前倒しの午前10時半スタート。
疫病を恨みつつ仕方なく早起きし、午前10時前に鷲宮神社に着くと、 鳥居の横に山車があり、その前で地元の関係者達が談笑していた。


鷲宮神社の祭神は、天日鷲命(天日鷲翔矢命)と大巳貴命(大国主命)。
他の地域と同様にこの家中地区でも、天日鷲命が奏でた弦楽器に鷲が止まった説話(※1)にちなみ、 「お酉様」として親しまれてきた。そう、つまり鳥の神様なのだ。

※1:日本神話では、天照大神が天岩戸に引き籠った際、岩戸の前で始まった神々の踊りに合わせて、 天日鷲神(あめのひわしのかみ)が弦楽器を奏でると、弦の先に鷲が止まったとされる。
これは世の中を明るくする吉祥を表す鳥として喜ばれ、この神の名に鷲の字を加えて、天日鷲命とされたという。


ちなみに、間違えられやすいようなので一応書いておくが、 『らき☆すた』の聖地として有名な「鷲宮神社」は埼玉県久喜市にあり、同名の別の場所である。
同じ大鳥信仰の神社だし、 向こうは向こうで興味深い奇祭が催されているが。


例年なら参道に屋台が並び、賑やかな雰囲気になるようだが、飲食は感染対策上マズいという事で、やはり何も無い状態だった。
もっとも、この神社は鳥の神様を祀っている為、普段から境内で鶏肉と卵を食べる事はご法度。 もしもその掟を破ったら、罰が当たるとされているようだ。


その為、先代宮司は卵も鶏肉も一切食べずに暮らし、 後継ぎの現宮司も神職を志した20歳を機に、自発的に慣行に従い、なおも精進し続けているという。
また、一部の氏子も、例大祭当日に鶏肉と卵を食べる事は避けるよう伝えられてきたそうだ。 1日だけならまだしも、ずっとケンタッキーとか禁止は辛過ぎる。


しかし、禁食のはずなのに、 卵を強要される「強卵式」とは一体何なのか?
同様の儀式として、近隣の日光や鹿沼などで行われる「強飯式」の方が知名度が高く、 こちらは山伏と式鬼に山盛りのご飯(高盛飯)を強要される行事だ。
日光修験の流れを汲むもので、行者達が山中のご本尊に供えたお供物を持ち帰り、 里の人々に分かち与えた事が始まりだという。
言わばその卵バージョンに当たる強卵式だが、どうも色々と細部が異なるらしい。


儀式の舞台となる拝殿前では、祭りを執行する氏子の方々を中心に、人々が集まりつつあった。


鷲宮神社は古来より“咳止めの神様”として信仰を集めている。
その由来は、鎌倉幕府の第2代将軍・源頼家が幼少時に百日咳を患い、 心配した母親の北条政子(二位尼君)が鶏肉と卵を断って、この神社に祈願したところ(※2)、 無事に回復したという伝承によるものらしい。
その為、百日咳を「とりせき」と呼ぶ方言が生まれ、鶏肉と卵が禁食となったのである。

※2:厳密には使者として佐々木四郎高綱を社参させたという。


鷲宮神社を象徴する鶏の手水舎。大抵は龍が水を吐いているので珍しい。


都内の富岡八幡宮が近年、金の鳳凰像が水を吐く手水舎を竣工したらしく、 それと比較的似ているものの、公園遊具っぽい彩色の雰囲気を含め、実に独特である。


拝殿前にある「夢たまご」。
そっと手を置き心の中で願い事を三度唱えると、 その夢が卵の中で大きく育ち、やがて現実のものとなって生まれてくるとか。 というか隣に何匹か生まれている。


境内片隅の岩場に鎮座する「夢福神」。
悪夢を食べて良い夢を与えてくれるバクの化身らしく、 苦難(九難)除けとして周辺9つの神社に同様の像が設置され、 “しもつけ夢福神巡り”が出来るそうだ。
パッと見、夢と魔法の王国のアレに似ている気もするが、考え過ぎだろうか。


この手の定点撮影メインの催しは、やはり最初のポジションが重要である。
観客が大勢集まった後だと、思うようなアングルが得られにくくなるからだ。
今回は「趣味で毎年撮ってるんじゃ」的な熟練の雰囲気を醸し出した、 地元民らしき老男カメラマンに習い、拝殿の向かって右側をベースにして撮影する事に。


拝殿を覗くと、既に儀式で使う10人分の一升瓶が並べられていた。
卵を強要される役の頂戴人が座る席で、両側に5人ずつが向き合う配置だ。


奥の方には本日のメインディッシュ、山盛りの卵が並んでいた。
なるほど、フードファイターや板東英二でもない限り、急に「全部食べろ」と言われるのは、普通にしんどそうな量である。


儀式開始の5分前、社務所から赤の神(鬼)と青の神(鬼)、そして責め役である天狗こと猿田彦命(※3)がついに出現。
別にもったいぶる演出ではなかろうが、天狗様がなかなか正面を向いてくれず、ちょっとやきもきさせられた。

※3:天孫降臨神話に登場し、神々を導いた地上の神。
長い鼻を持つ異形の姿から、天狗の原型とされ、神社の祭礼における渡御では、 天狗面を被った者が先導役を務める事も多い。


まずは赤の神と青の神がそれぞれ拝殿正面の両側に陣取り、 参拝客に睨みを利かせる。そうしている間に、背後の畳の上では準備が進んでいく。


そして、宮司と神職、巫女4人、裃姿の頂戴人10人が定位置につくと、いよいよ“恐怖の飲み会”こと強卵式が始まった。


実はこの日、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に源頼家が登場するという関連から、NHKの撮影クルーが特番用の取材に来ていた。
その為、まずは掴みとして、氏子の総代会長が「場合によっては撮り直しなどを行う可能性もあり、 本日は実質、NHKの為の儀式です!」と、身も蓋もない挨拶をブチかます。なんやかんやで庶民はテレビに弱い。


続いて、宮司による浄めの祓いを受け、全員で二礼二拍手一礼。
ここでは、赤の神と青の神も一緒になって参拝する。


その後、「うおおー!」みたいな大声を上げつつ、天狗が拝殿内の中央に乱入。
以降は彼の独壇場、言わば“天狗エッグフェスティバル”と化す。


薙刀を振るいながら、神社の由来と神使である自身の素性を説明する天狗。
そして、「各々方の前にあるその酒は、強卵式の御神酒である。その御神酒を一滴残らず全て飲み干し、各々方の穢れを全て祓うのじゃ!」と述べると、頂戴人にとっての最初の試練、「御神酒の儀」となる。


合図とともに、頂戴人達はしぶしぶ、日本酒の一升瓶をラッパ飲み。
卵は食べてはいけないが、酒は実際に全て飲み干し、頂戴しなければならないのだ。
なんとも豪快なお清めである。


天狗は全体を監視しながら、軽やかに動き回り、次々と頂戴人の男女を責め立てる。


その責めは厳しいもので、飲むペースが遅い者がいると、 「まだ残っているぞ!ささ、グイッと!もっと飲め!飲め!」と瓶底を押し上げ、アルハラにも程がある画ズラに。
もはや生殺与奪の権を天狗に握らせまくりである。


「頑張れー!」という観客達の応援もあり、半ばヤケ酒のような感じになりつつ、頂戴人達はどうにか一升瓶(5合)を飲み干していった(※4)。

※4:飲み切れない者がいると、観客達の方に一升瓶が回ってきて、代わりに飲まされるパターンもあるようだ。
祭りの開始当初は卵だけだったそうだが、動きのある要素で観客を楽しませるべく、 途中から日本酒の強要が付け足され、今では最大の見せ場となっている。


やがて、 空になった一升瓶が回収されると、山盛りの卵が巫女によって運び込まれる。 いよいよ祭りのメイン、「強卵の儀」である。


注文してもいないのに、 卵が次々と目の前に置かれていく様子を、今日のHPを既にだいぶ消費した感じの頂戴人達は、 成す術もなく無言で見守っていた。
果たして彼ら彼女らは、今年もちゃんと卵を拒否する事が出来るのか?――そんな感じで、観客側の緊張も多少高まる。


セッティングが完了すると、 今にも卵の早食い大会でも始まりそうな雰囲気に。
だが、にもかかわらず、誰1人1個も食べてはいけないのである。


そして、天狗がこう叫ぶ。
「さてさて、各々方の前にあるその卵は、強卵式の卵である。その卵は、天日鷲命からの授かりの卵である。 そのありがたき卵を一個残さず全て食べるがよい。さあ、食べよ、食べるのじゃ!さあ!」
卵、卵と連呼して、ついに卵を強要し始めたのだ。


御神酒の儀と同様に、天狗は1人1人の目の前に迫り、食べるよう命じていく。
「卵は健康に良いぞ!」「卵は肌に良いぞ!」等と、強面に似合わない事を言いながら、 卵をゴリ押ししてくるのである。


しかし、頂戴人達は大皿を手にするも、うつむいたまま動こうとしない。
アレルギーかと思うくらい、全然頂戴しないのだ。


まるで、嵐が過ぎ去るのを待つかのように、なるべく気配を消しているようにも見えた。
それにしても、この人達(我々含む)は朝早くから集まって、一体何をやっているんだろう・・・。


業を煮やした天狗が、「ええい!食べぬのなら食べさせてやろうか!?私、失敗しないので!」と叫ぶ。 これではドクターXならぬデーモンXである。
この辺の言い回しは、その年によって若干異なったり、アドリブも入るようだ。


実力行使という事で、 天狗は自ら卵を1個取って、頂戴人の口元に持っていく。
しかし、男性は素早く顔を背け、上手い具合にピンチを回避。


天狗「食べるのじゃああああああああ!!!」
男性「ひええええええええええ!!!」


ちなみに当日、この写真をツイートしたところ、思いのほかバズってしまった。
その結果、ネットニュースでも取り上げられ、神社の宮司さんから感謝の言葉を賜るという、嬉しいサプライズが発生したのである。

■参考記事
天狗「卵は健康に良い。だから山盛り食べろ!」→人間「無理です」 栃木・鷲宮神社の珍行事「強卵式」が面白い(Jタウンネット)


いずれの頂戴人も恐縮しつつ、ちゃんと「・・・無理です。食べられません」と拒否。
酒の時はあんなに従順だったのに、自慢の卵は頑なに拒まれてしまい、天狗の面目が丸潰れである。


数分間に渡る卵責めの末、 「何故じゃ、何故食べぬのじゃ!?」と、戸惑う天狗。
すると、頂戴人筆頭の主賓(例年は栃木市長)が「当社・鷲宮神社のお使いでありますありがたき鳥卵、例大祭の場にて食べるわけにはなりませぬ。地域の皆様の発展と健康、くわえて鷲宮神社の隆盛をご祈願いたします。このお卵、神前にお供え申し上げます」と応じた。つまり、卵が尊過ぎて食べられないという事だ。


それを聞いた天狗は、目から鱗が落ちたとばかりに、 「なるほど!良き心掛けじゃ。この鷲宮神社は、鳥を祀る神社である。決してこの境内では鳥・卵を食してはならぬ。 よく覚えておけ。その心掛け、我が神・天日鷲命に伝えておこうか。いやー、満足じゃ、満足じゃ、ははは!」と言い、 拝殿の奥へと去っていった。
――意外とチョロい聞き分けが良い天狗様である。


試練を終えた一同は、達成感に満ちた表情・・・ではなく、むしろ虚無の表情ではあったもの、 少なからずホッとしたように見て取れた。
それにしても、アバンギャルドな舞台劇のようであった。


その後は、神楽保存会の巫女2人による「浦安の舞」の奉納。
これまでの冗談めいた雰囲気は一転し、 帳尻を合わせるかのように、優雅で厳粛な空気へと変わっていく。


そして頂戴人達は、拝殿の奥へと卵の大皿を献饌し、祭神の元に返上する。


最後に再び二礼二拍手一礼を行い、拝殿内の儀式は終了となる。
ただし、例年ならこの後、神楽殿からの“卵撒き”が行われるそうだ。
頂戴人達が殿上から、卵を模したゴムボールの玉をばら撒くらしく、 ご利益が得られるとされる事から、観客同士で玉の取り合いになり、大いに盛り上がるという。
また、この玉と引き換えで、拝殿脇で浄められたゆで卵が貰えるそうだが、 「決して境内で食べないように」と警告され、観客達もまた、卵の禁食を実践する事になるのである。


ところがどっこい、訪問時の2021年は、一部撮りこぼしがあった為、NHKスタッフがまさかの“儀式のテイク2”を依頼。
一部だけの再現とはいえ、心なしか天狗の表情も、「えっ。もっかいやんの?」みたいな感じに見える。


その後、あれ程の権勢を誇った天狗が、「なんだかなー」みたいな感じで黄昏る姿が見かけられ、思わずシャッターを切らずにはいられなかった。
本当の天狗は、人間の心に巣食っているのかもしれない――。


日光修験を背景とした強飯式と同様に、長年続く伝統行事かと思いきや、 実はこの強卵式は、2001年に誕生した比較的新しい儀式らしい(※5)。
そう、まさかの21世紀生まれの現代っ子なのだ。
元々は、2001年に亡くなった先代宮司の供養を、祭りとして賑やかにやりたいという思いと、 神社の卵食禁忌を広く周知したいという願いから始められたとか。
数百年続く祭礼も、必ず創成期があったように、 強卵式も平成から始まった伝統行事として、今後も末永く続いて欲しいものである。

※5:余談だが、当サイト(旧バージョン)とも同い年生まれ。
日本における卵は元々高級品で、江戸時代頃までは殆ど食べる習慣が無かったという。
それ以前は、肉食が禁忌の仏教が伝来し、天武天皇が殺生禁止令(675年)を出した影響で、 庶民の食生活は規制された為、卵の摂取もまた良くない事として、人々に刷り込まれていたようだ。
そうした歴史を踏まえると、卵を大量に活用した儀式なんてものが始まったのは、 せいぜい最近の事だというのも頷けよう。


【奇祭ハンターの一言】

食い物や飲み物もだが、受信料を強要してくる天狗には気をつけろ!

いや、つーかこの部分、本当に必要なんですかね!?

訪問日:[2021.11.23]


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