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愛媛県松山市、有名な道後温泉に程近い場所にある石手寺(いしてじ)は、
表向きは四国八十八ヶ所霊場の第51番札所として多くのお遍路と観光客を集める古刹であるが、
その一方で境内にはB級臭を漂わせる奇妙な要素で目白押しな珍寺でもあるのだ。
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2015年3月、広島の珍寺の探索を終えた我々は、当初の旅程を大胆に覆し、思いつきでフェリーに乗って四国入りを果たす。
しかし、松山市内に着いた頃には、既に夕暮れが近づく頃合となっており、この日は仕方なく駅前のネカフェで一泊。
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翌日、早朝からいくつかの物件探索を終えて、昼頃にはいい感じの疲労感がある状態で道後温泉駅前にいた。
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しかし駅ビルに観覧車とか作る余裕があったら、もっと若者が入り易いファミレスとか沢山作れっちゅーんじゃよ松山市。 |
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ここが夏目漱石の『坊っちゃん』の舞台で有名な道後温泉ですか。 駅前からして、既にそれっぽい雰囲気ですね。 |
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昨日からシャワーも浴びてないので、ひとっ風呂浸かりたいところですな。 |
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えっ、何言ってんの?温泉なんか行かねえよ? ちなみにワシは昨日ネカフェでシャワー浴びたけど。 |
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石手寺 |
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という訳で、道後温泉を完全にスルーしてやって来た石手寺。
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また会ったな若人達!
えーと、アレだ・・・違いが分かる洞窟マエストロ、オカフジ隊長だ! |
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ハッハッハッ!
ナイスな洞窟があるっていうんで、今回も遊びに来たよ! |
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ご覧の通り境内には色々あるが、
国宝に指定された仁王門や重要文化財の本堂、三重塔が建てられているなど、あくまでパッと見は真っ当なお寺である。
天平元年(729年)の創建当時は、安養寺という名であったが、
寛平4年(892年)、“衛門三郎再来の伝説”によって石手寺と改められた。
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衛門三郎は、「四国お遍路を始めた最初の人」と言われる。
伝説では、昔々、伊予の国に住む強欲な農民であった三郎が、
自宅前で1週間に渡り托鉢を続けるみすぼらしい僧(実は弘法大師)に怒って追い返した為、
自分の子供が毎年1人ずつ死ぬという理不尽な呪いに見舞われる。
事態に気付いた三郎は、大師に非礼を詫びるべく、足取りを追って四国巡礼の旅に出たが、
20周しても会えず、逆打ちの21回目でとうとう病に倒れる。
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しかし、臨終間際になってようやく三郎は大師に会え、
最後の望みとして来世での生まれ変わりを希望したところ、
大師はその辺の小石に「衛門三郎再来」と書いて彼の手に握らせた。
すると三郎亡き後の翌年、男の子の赤ん坊が同じ小石を手に持って生まれたという。
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現代の価値観からすると、確かにツッコミ所は多いですけどね・・・。 |
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なるほど、それで石手寺という事か・・・ストレートだな・・・。 |
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ところで、広大な境内のあちこちには様々な作風の彫像があるのだが、
よく見ると明らかに普通の寺には無いフリースタイルなものも紛れ込んでいる。
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ギャガ━━ン!
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例えば、何故かお堂に象がいたり・・・
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ギャガ━━ン!
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場違いな殉教者っぽい像があったり・・・
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こーいう雰囲気の食玩のボトルキャップとかありますよね・・・。 |
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無茶な作りの所為か、重心の片足にだいぶガタがきてますね・・・。 |
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隠れキリシタンの墓にしては、いささか目立ち過ぎだな・・・。 |
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ギャガ━━ン!
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組み体操しちゃってる像があったりするなど、凡人には理解し難い謎の造形センスが炸裂しており、
珍デラーとしては見逃せない場所となっているのだ。
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木の枝が撒きついて、ロープに掴ってるようにも見えますね・・・。 |
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ここは危険だ・・・(直感)!
いいかお前ら、油断するなよ。油断すれば、死ぬぞ・・・! |
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ギャガ━━ン!
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本堂の背後の山には「地底マントラ」と名付けられた洞窟がある。
石手寺の裏の顔が集約された今回の探索のメイン所だ。
怪しさが滲み出た入口には、これまた沢山の彫像が立ち並ぶ。
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これは深そうな洞窟だなあ、おい・・・! 全員、気を引き締めていけよ・・・! |
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いよいよ珍寺としての本領発揮と言ったところでしょうか・・・。 |
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「大仙窟」とか「都卒天洞」とも書いてありますが、どれが本当の名前なのかよく分かりませんね・・・。 |
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ギャガ━━ン!
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男根のメタファーこと、
済州島の守護神トルハルバンも何故かこんなところに。
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洞窟内部の様子が描かれた案内板。
全長155mのL字状の構造をしており、入口付近で通路が二手に分かれている。
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この先に一体どんな地底世界が広がっているんだろうか・・・!
もしかしたら、シャンバラまで続いているかもしれん・・・! |
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何が書いてあるのかいまいちよく分からないですね・・・。 |
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いや確か、言霊とか祈りとか、そんなニュアンスだったと思いますよ。 |
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さあ、弘法大師に見下されながら、いざ地底マントラへ・・・!
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なんか名前とか入口とか、アトラクション感が凄いな・・・。 |
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愛媛のセンター・オブ・ジ・アースみたいなもんなんでしょうか・・・。 |
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ゴゴゴゴゴ・・・
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ギャガ━━ン!
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いきなり我々の前に立ち塞がる謎の刺客!一行に緊張が走る!
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ち、ち、地底人だッ! かつてヤンセン親子が目撃したという巨大な地底人だッ! |
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落ち着いてください!ただの木彫りの不動明王か何かですよ! |
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支柱を仏像化するとは、なかなか一石二鳥な造りですね・・・。
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ヒンヤリとした暗い洞窟内(写真は明度を上げてます)。
緩やかな傾斜になっている通路の中央には、まさかのお地蔵様仕様のポールがあり、行き帰りそれぞれの片側一方通行の仕切りとなっていた。
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気をつけろ・・・!
巨大な玉が転がってきたり、足元の穴に落ちて串刺しにされたり、お地蔵様が毒ガスを噴霧するかもしれんぞ・・・!
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ギャガ━━ン!
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やがて通路の中程に差し掛かると、
大きな石仏が待ち構えていた。 シャンデリアの様な電飾付きのコードの下で、
なんともサイバーパンク的なゲームのボスキャラの様なオーラを醸し出している。
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いいか、慌てずにゆっくり動けよ・・・!相手を刺激しないように・・・! |
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いや、後ろからお遍路さん来てるのでさっさと進んでくださいヨ。 |
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周囲には取り巻きの様な独特な木彫り像が、トーテムポールっぽい感じでそっと立っていた。
ここは諸仏が集う胎蔵界なる場所で、安らぎと感謝の空間らしい。
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しかしここの地底人は随分とスリムだな・・・!
クルピラとかウールピットの子供とかドワーフとか、世界各地の伝説や物語ではもっとこう、小柄な姿で語られる事も多いんだけどな。
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さすが隊長・・・尚もその感じで押し通すとは、実に強靭なメンタルですね・・・! |
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ワシには呪いで変身させられた哀れな人々のようにも見えるがな。 |
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さらに通路を進んでいくと・・・
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やがて中央に小さなお地蔵様が安置された空間があった。
ここも電飾のコードが天井から垂れ下がり、何かしら仕掛けが作動しそうな雰囲気が漂っていたが、
結局何も起こらなかった。 どうやら昔はちゃんと点滅していたらしいが、故障したのか節電なのか、随分と長い間使われていない模様。
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背後の壁際にもお地蔵様が並ぶ。 ここは金剛界なる場所で、悟りの境地に達する為の修行道場らしい。
しかしフラッシュで撮影したから存在に気付いたものの、真っ暗な中に急に浮かぶお地蔵様の姿は、
なかなか不気味である。
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そんなこんなで、
しばらくすると洞窟の終点に辿り着いた。
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なんだ、もう行き止まりかよ。思ったより短いじゃねーか。 |
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いや、気を抜くのはまだ早いぞ! 入口近くにもう一本のルートがあったろう!
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え、じゃあ来た道を引き返すんですか?めんどくさいですねー。 |
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仕方なく通路を戻り、今度は入口付近の分岐点にあった、もう一つのルートの方へ。
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妙にサイケデリックな仏像パネルを横目に、細い通路を進む。
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四国八十八ヶ所霊場の洞内巡礼。
立ち並ぶお地蔵さんの下には88寺の砂があり、ここを歩けば四国八十八ヶ所を全て回った事になるという。
そう、なんとこの51番札所だけで結願が果たせるのだ。時間が無い人にはオススメの裏技である。
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しかし我々も結構な数の寺を巡ってますが、悟りを開く気配が全然無いですな・・・。 |
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それにしても、脇に並ぶお地蔵様がなかなか
スプラッターな感じで恐い。
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洞窟の突き当たりには、またも彫像が大量に押し込まれた小部屋があり、只ならぬアンダーワールドが広がっていた。
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ギャガ━━ン!
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正面で屹立した黒っぽい仏像。
B級耐性の低いパンピー共は引き返せと言わんばかりのポーズだ。
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ここはその昔、弘法大師が数週間に渡り断食した修行場だそうな。
今では所狭しと仏像が押し込まれ、長居するのは憚られる摩訶不思議な異空間と化している。
ちなみに、奥にある格子の中にはミニ大師像が収められていた。
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現代の引き篭もりのオタク部屋だってこんな感じじゃろ。
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こんな場所で修行したら、飢える前に気がおかしくなりそうですよね・・・。 |
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修行場を通り過ぎて少し進むと、洞窟の外に出た。
まるで権力者の隠し避難路の様な出口である。
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出口の目の前は「らくがき堂」なる建物があり、壁一面に参拝者による記念の落書きが大量になされていた。
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いくら「ご自由にどうぞ」だからってTPOをわきまえろよ! |
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ところで、今回撮影をマストとしていた、もう一つの目当ての場所が見当たらない。
境内の何処かにあるはずなのだが・・・。
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おかしい、閻魔大王の像が何処にも無いぞ。
さては取り壊されたのか?
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『日本珍スポット100景』の記事によると、洞窟の向こう側にも何かあるっぽいですよ。 |
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ちなみに、今晩の宿に無事辿り着くには、
どう計算しても、遅くともここを16時に出る必要があります。あと1時間も無いですよ・・・。
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おいおい、また緊迫してきたな。 誰だよ、四国行こうとか言った奴は!?
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ここで我々の置かれた状況を説明しておこう(読み飛ばし可)。
行き当たりばったりでネカフェ泊となった昨夜の反省を生かし、
この日は朝一番から片っ端に周辺の安宿に電話し、運良く最終目的地付近である
広島県竹原市内の旅館を予約する事に成功。
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しかし、現在地の愛媛県松山市内からは瀬戸内海を挟み、運行本数の少ないフェリーやローカル列車の時間を考慮すると、
地図上の見た目の印象よりも地味に時間がかかる事が判明。
既に15時過ぎであったこの時点で、どう都合よく計算しても、
宿の到着予定は22時をゆうに超える見込みである。
レンタカー代すらケチり、1泊5000円以上の宿泊は死と同義である節約志向の我々にとって、
もはや一刻の猶予も許されないのだ。
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本当はもうとっくに宿に着いてる予定だったのに、何だこのザマは!
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フェリーが夕方あまり無いのがツラいんですよねえ・・・。
一応宿に到着が遅れる事を電話しておきますけど、これ一本でも電車逃すと辿り着けないかもですよ。
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ひたすら移動ばっかで、ろくに夕飯食う時間すら無いじゃないですか・・・。昼飯も食べてないのに・・・。 |
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早歩きで地底マントラ(再)を急ぐ。
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洞窟の出口を外側から見た図。
岩で覆われた終点で行き止まりかと思いきや、実は一般道を挟んだ先にも寺の敷地が続いていた。
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外から見ても洞窟がある事がすぐ分かりませんね・・・。 |
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ギャガ━━ン!
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道路の先には、閻魔大王が鎮座する奥の院の入口があった。
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こりゃまた随分と色褪せて廃墟感を漂わせてますな・・・! |
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ちなみにもうゆっくりと見てる時間はありませんよ・・・。 |
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よく読めないが、台座に英語で何か書いてある。
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!?・・・た、多分、「ウェルカム・トゥ・ヘル」的な事だろう・・・! |
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ギャガ━━ン!
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経年劣化でぶっ倒れたと思われる彫像の残骸が、いい感じに遺跡感を演出してくれていた。
どうやらガネーシャの成れの果てらしい。
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ギャガ━━ン!
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しばらく荒れた庭園を道なりに進むと、
何やら巨大なドーム型の建物のシルエットが見えてきた。
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一応オカルトサイトなんだからせめてUFOとか言えよ! |
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金色に光るこの奇妙な建物は、「マントラ塔」と呼ばれる仏堂である。
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恐らく石手寺という事だからか、
中央にある手のオブジェの中は、大量のビー玉で満たされていた。心憎い演出っぷりだ。
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塔を取り囲むように、木彫りの五百羅漢像がズラッと通路に並ぶ。
付近にヒト気は無く、ひたすら静寂が支配していた。
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そして通路の奥には、絶賛断食修行中といった具合のインパクトあるお釈迦様の像が鎮座していた。
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いや違いますよ、飲まず食わずで瞑想してる釈迦ですよ・・・。 |
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僕らなんか昼飯抜いたくらいでテンションダウンしてるのに・・・。
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マントラ塔の入口は、意外にもマンションみたいな普通の扉。
中にも入りたかったのだが、残念ながら鍵がかかっていた。
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マントラ塔から離れ、元来た道の方に戻ると、
通り沿いにぬらりひょんの生首みたいなものが置かれていた。 もちろん意図は全くわからない。
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また、近くには木陰に隠れながらも、極彩色で妙に存在感を放つ像があった。
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いや違う・・・コイツは地底人なんかじゃない!・・・自由人だ! |
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さらに少し離れた場所には、これまた自由な雰囲気の像があった。
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まるで満身創痍の吟遊詩人といった感じのこの像は、どうやらインドの女神サラスヴァティー(日本では弁財天)らしい。
4本の腕を持ち弦楽器を奏でる状態が本来の姿だが、
それもボロボロ過ぎてよく分からなくなってしまっていた。 だがこれはこれで、何だか退廃的で不思議な魅力を感じさせる。
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なんというターミネーターっぽいやられ感じゃい・・・! |
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ありがとう、ありがとう、美味しくなってくれよ・・・。 |
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うわ、何か感謝を込めながらコーヒーを淹れはじめましたけど!? |
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山の上には巨大な弘法大師像が聳え、明後日の方を向きつつ浮世を見守っているようであった。
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どうやら我々は、弘法大師の掌の上で踊らされていただけなのかもしれないな・・・!(コーヒーの薫りを堪能しながら) |
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いい感じにまとめようとして失敗したパターンですね。 |
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あの像が見えて急に思いついたんですね、分かります。 |
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表と裏の二面性を持ち、随所にツッコミ所が散りばめられた石手寺。
つい写真も撮り過ぎて、記事がこんなに長くなってしまった。
絶望の淵に立たされた衛門三郎の様に、四国遍路は明日への希望を求め旅する巡礼者が集まる。
そんな有り難い八十八ヶ所霊場のトリックスター的存在として、今後も多くの魂を救済していく事だろう。
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メシも食えず風呂も入れず・・・なんて酷い旅なんだッ! |
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ヨシオさん落ち着いてください!弘法大師を見習って! |
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それにしてもお前達は悟らないなあ(俺は道後温泉に行くか)。 |
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オマケ1 |
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フェリーで四国入りした際、港近くにあった味のあるお店。
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愛媛に着いて最初に見た店が博多チャンポンかよ・・・! |
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マスコットキャラも含めて色々ミステリーな雰囲気ですな・・・。 |
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こりゃ僕ら、早速四国の空気に呑まれてますよ・・・。。 |
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オマケ2 |
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『珍寺大道場』の小嶋独観師匠から大将軍(制作&撮影:奥様の独観子さん)を譲っていただきました。
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そのうち愛車に乗せて珍寺に行きたいと思います。
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