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[2016.07.13]

青森ミステリー紀行(後編)
~謎のピラミッドと真の霊場を歩く~



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青森県は恐山を内包する事が象徴するように、数多のミステリースポットが存在する未知の国(みちのく)である。
本州最果てという独特な位置関係や、三内丸山遺跡に代表される古代文明の歴史が根付く風土など、日本の特異点とも言えるこの不思議で美しい土地の中でも、特にマニアックな2ヶ所をご紹介します。


大石神ピラミッド


2015年6月、キリスト祭の終了後、我々はナニャドヤラの余韻に浸る間もあまり無いまま、新郷村内にあるもう一つのミステリースポットに向かっていた。

いやー、夏が近づきつつある日本の田舎って感じが良いのー。

この爽やかな青空と草木の香りがたまりませんなー。

アンタ達のんきな事言ってるけど、これ行ったら帰りの飛行機の時間ギリギリだかんね?


キリストの墓から十和田湖方面に向かってしばらく国道を走ると、 噂のピラミッドに続く道の入口がある。


比較的最近建てられた様な標識。
どうやらこの辺はナニャドヤラ廻道というらしく、ここからキリストの墓までは 4.4km程離れているという位置関係だ。

久しぶりだな若人達!
コーヒー片手に戦い続けるサムライ、オカフジ隊長だ!

隊長!?またどうしてここに!?

ちょっと偶然にしてはあまりにも出くわし過ぎですよ!

いつかの暑苦しいおっさんじゃん!マジ何でいんのよ!?

ハッハッハッ!
ナイスな洞窟があるっていうんで、今回も遊びに来たよ!


ピラミッドは300m先との事だが、 車一台通るのがやっとな狭い坂道を登って行かねばならない。

明らかに対向車が来たらアウトなルートじゃぞ・・・!

そんなに来る人いないと思うので多分大丈夫ですよ・・・。

いや油断するな。丸太がゴロゴロ転がってくるかもしれんぞ。

相変わらずめんどくさいみたいねこの人。


程なくして大石神ピラミッドの鳥居に到着。

おい、手前の駐車場に結構車が止まってるじゃねーか。
この角度じゃないと画面に車が入っちまうぞ。

もうすぐ満車というくらい混んでるとは、実に意外ですな・・・。

もしかしたら、キリスト祭効果なのかもしれないわね・・・。

おいおい、あまりピラミッドをナメるんじゃあないぞ。


大石神ピラミッドの由来を説明する案内板。
何だか長々書いてあるが、ざっくり言ってしまうと、 昭和10年8月に竹内巨麿がキリストの墓を発見した翌日、戸来村出身の画家の鳥谷幡山が ついでになんとなく見つけた日本最古のピラミッドらしい。


『竹内文書』によると、世界各国のピラミッドの起源は日本にあり、 エジプトのものより古いピラミッドが国内に7基あるらしい。
また、鳥谷幡山はこの大石神ピラミッドを見て「これで4個目だな・・・(ニヤリ)」と呟いたらしく、 どうやら今から5万年前に作られたものと言い伝えられているという。

なるほど、またハイパーオカルトクリエイターの竹内関連か。

どうやら今回も奴らサイドのプロデュースくさいですね。

ったく、あちこちで変なもの発見して迷惑な奴らだわ。

だが確かに、ピラミッドは日本にも複数存在しているようだからな。
明らかに人工的に見える綺麗な三角形の山や、 山の頂上や稜線に巨石が規則正しく配置されている場所がいくつか確認されている。
所謂レイ・ラインとも何か関係があるのかもしれん。


『竹内文書』研究家で日本ピラミッド研究の大家・酒井勝軍の説では、 日本のピラミッドはエジプトやメキシコなどの基礎から人工的に築きあげたものとは異なり、 三角形の山の頂上に太陽石を置き、その周辺に磐境の列石を配置するという、 自然の地形を利用した構造となっているそうだ。


見学コースはこんな感じで、 周辺に点在する巨石を順々に巡っていくという内容だ。

見るものが主に石しか無いだと・・・!?

これの何処がピラミッドだっつーのよ・・・。

せっかくリスクを背負ってまで来たってのに・・・。


新郷村パワースポット巡りスタンプラリー。
箱の中はスタンプが入っており、村内4ヶ所にあるものを全て集めると、景品として飲むヨーグルトが貰えるらしい。


ギャガ━━ン!

そしていきなり気持ちをくじく、ダブルパンチの注意看板。

ここは危険だ・・・(直感)!
いいかお前ら、油断するなよ。油断すれば、死ぬぞ・・・!

さすがピラミッド・・・敵が多いな・・・!

隊長、ここは引き返しましょう。撤退する事も勇気かと・・・。

バケヤロウッ!早いんだよ、お前はあ!諦めるのがあ!

分かったから早く行くなら行きましょうってのよー。


鳥居を潜るとすぐに苔むした巨石があり、 「太陽石」と「方位石」の案内板が立っている。
太陽石は「むかしは光って反射した太陽を礼拝したと言われている石」で、 方位石は「正しく東西南北を示している石」との事。
酒井勝軍もこの巨石群を調査し、 石の割れ目が正しく東西南北を指している事を確認したという。

・・・・・。

・・・・・。

・・・・・。

いや、何か喋れよお前ら。


また、酒井勝軍によると、この周辺の巨石群は西側の稜に正しく北極星に向かい、 南北を差すなどピラミッドの条件に合うという。


太陽石と方位石を数秒で素通りするも、 ふと来た道の方を振り返ると、石と石の中心から木が生えているように見えて、少しだけ神秘的に思えた。


続いてあったのは「星座石」。
案内板には「めぼしい星を記録しておいたと言われる石」と書かれていた。

メモ帳代わりかい・・・!

なるほど、石に星をね・・・。

何でも言ったもん勝ちっぽくなってない?

古代人が天体の動きを観て、暦を知る為のものだったのかもしれないな。


散策に訪れていた地元の若いカップルが、石の反対側にある縦穴から奥に入れると教えてくれた。

これは深そうな洞窟だなあ、おい・・・!
全員、気を引き締めていけよ・・・!

え・・・?マジでこの隙間、中に入れるん・・・?

くそっ、余計な事教えてくれやがってあのリア充共め・・・!
いくら行くとこないからって、こんな所にデートに来るなよ・・・!

ヨシオ、落ち着きなさい!嫉妬に駆られた男は見苦しいわよ!


意を決して穴の内部へ。
果たしてこの先に一体どんな光景が広がっているというのだろうか!?


ソッコーで行き止りだった。

ギャガ━━ン!

自分の口で言っちゃったよ!?

洞窟とか言ってたのが恥かしいくらいショボいじゃねーか!

ただ蜘蛛の巣にまみれに来ただけじゃないのよ!


油汗をかき、 げんなりしながら穴の外に這い出た。

いやあ、外に出ちまったなあ・・・!

カップルにハメられましたな・・・!

ああ、してやられたぜ・・・!
あとヨシオ、その言い方何か卑猥じゃね?

もうそろそろ空港向かわなきゃなんないのに、何で穴に入ってんのよアタシ達は・・・!


星座石の後方にあった祠。
現地では内部に何が入っているのかは分からなかったが、石上神社というものらしい。


順路に従い、斜面を下っていく。
先程の案内板によれば、この地はかつて、神都として大いに栄えたところらしいが、 長い年月の間の天地大異変により、かつての面影は僅かな残骸のみとなってしまっているとの事。
頭上にも何らかの巨石っぽいものがあるようだったが、人工物の名残なのか単なる崖なのか判別不能だった。


最後にあった下方四囲が12mもある巨大な「鏡石」。
この平らな石は、元々この場に直立し、 表面に神代文字が彫られてあったと伝えられているが、 安政4年7月の大地震で倒れ、埋没してしまったのだという。

この地にかつて、超古代文明があったのかどうか今となっては分からないが、 巨石信仰や太陽崇拝の場であったというのは本当なのかもしれないな・・・!

ただただ石が転がってるだけじゃねーかよ。

大魔王様、それを言っちゃ身も蓋もなくなっちゃいますよ!

ここまでわざわざ何しに来たのよ!?

こうして、釈然としない思いを抱えつつも撮影を終えた我々は、


一心不乱に帰りの便の出発が迫る空港へと急いだ。


空港へと急・・・

おいコレ!
都市部ではほぼ絶滅した無人アダルトグッズ販売所じゃねーか!

間違いありません!
こんな何気ない田舎道にあるとは、さすが神秘の青森県ですな!

何やってんだドスケベどもがーッ!?
時間無いっつってんだろーッ!!


川倉賽の河原地蔵尊


2012年8月、韓国済州島から帰国した我々は、パラダイスの余韻もあまり浸る間も無いまま、その名の通り青々とした森が何処までも広がる青森の地に降り立っていた。

お盆の帰省渋滞に巻き込まれ、東京から車で19時間くらいかかったな・・・!

勘弁してくださいよ、海外の韓国の方が全然近いじゃないですか・・・。

ったく、何やってんのよ・・・!
飛行機を使いなさいよ、飛行機を・・・!


津軽半島の五所川原市にある津軽霊場「川倉賽の河原地蔵尊」は、 霊場としてメジャーな下北半島の恐山が言わば観光地化されているのに対し、 こちらは知名度も低くひっそりとした悲哀さが漂う雰囲気から、“真の霊場”であるとも見なされているという。


悪天候の中、軽く道に迷いながら車で目的地に向かう。

雨うっざ。ヨシオ、その辺のウェットティッシュでてるてる坊主作れよ。

んなもん作るかッ!大体、坊主自体が湿ってるじゃないですか!

んな事どうでもいいから、ちゃんと地図を見なさいよ地図を!


地蔵尊の入口である門。
湖畔に広がる景勝地である芦野公園の、標高30mの小高い丘の上に位置している。


恐山と同様、慈覚大師によって開かれ、 やはり毎年夏の例大祭にはイタコの口寄せが行われるという。


伝説によれば、同地は数千年前、天空から不思議な御證明(明かり)が降り、その照らされた場所から出土した地蔵尊を安置したのが始まりとも言われ、古来より厚く信仰されているという。

なるほど・・・ここもまた、UFO伝説が根付く土地という事か。
確かに東北は目撃事例が多いようじゃからな。

大魔王様、なんかズボンの丈短くないっすか?

うん、どう見ても短いわよ。だっさ。みっともな。

人が真面目なコメントしてるのにやかましい!
服が乾かないから仕方なくスーパーで適当に買ったんじゃい!


門の左右には「仁王像」が安置されており、ギロリとした目で出迎えてくれた。

ほら、仁王像も「ズボン丈短っ!」って顔でコチラを見てますよ。

おい、貴様ちょっとしつこいぞ!?


参道を少し歩くと、地蔵尊堂に辿り着く。
近くの道路の交通量は少なく、周囲は静寂に包まれている。


ここは本堂でもあり、正面に本尊のお地蔵様が安置され、亡くなった子供の霊などが祀られている。
内部に入ると、明らかに外と空気の重みが異なる事に一瞬戸惑う。


本尊を囲むように、服を着せられたお地蔵様と、故人の遺影や衣服、玩具などの遺品がズラッと並べられている。

あれ、ここ思った以上にガチな雰囲気じゃぞ・・・。

おちゃらけたノリの我々が来ていい場所じゃない感じがしますよ・・・。

夏だってのを忘れるような背筋の寒気を感じるわね・・・。


津軽地方では、誰か(特に子供)が亡くなると供養の為、故人に見立てたお地蔵様を建立し、お寺に納める地蔵信仰の習俗がある。


参拝者によって奉納された草鞋や手拭いも沢山。
これらは死者が安らかに旅立てるようにと、願いが込められたものだという。


そして、最大の見所がお堂の裏手の雛壇でギッシリ並ぶお地蔵様。
その光景たるや、まるで地蔵スタジアムといった感じの異様なものであり、静かな迫力にただただ圧倒される。

これはヤヴァイ。

ヤバイですね。

ヤバイわね。


この辺りは照明すら点いておらず、空気もひんやりとしている。
地蔵信仰の中心地という事で、 堂内には全部で約2000体のお地蔵様が安置されているらしい。


天井から大量に吊るされた故人の衣服。
何よりこれが一番生々しかった。


このお地蔵様の数だけ亡くなった人がいて、 それぞれに遺族がいるのだと思うと、物悲しいながらも何とも不思議な気持ちにさせられた。非常にディープな空間であった。

・・・もう出ようか。

・・・そうですね。

・・・それがいいわね。


続いて地蔵尊堂の向かって右側にある人形堂へ。


この建物には、新郎新婦の格好をした男女の人形が祀られている。
これは未婚のまま亡くなった者に対し、せめてあの世では結婚出来るようにと遺族が奉納したものだという。


山形県のムカサリ絵馬に代表される、冥婚というやつである。


ひっそりとした堂内に、 一見するとおめでたい感じの婚礼人形のガラスケースが並べられるている。
だが、その一つ一つには手前に遺影が置かれ、 亡き我が子の供養の為に、少しでも何かしてやれる事があれば・・・ という親の悲痛な思いが嫌という程伝わってきて、何ともやりきれない気持ちになる。

・・・もう出ようか。

・・・そうですね。

・・・それがいいわね。


人形堂の外にある祠を覗いてみると、 これはこれで一癖ありそうな表情のお地蔵様が安置されていた。

めっちゃ見下されてる気がするんじゃが。

ドヤ顔がハンパないですね。

ヘアパーマでもしてるみたいな帽子ね。


地蔵尊堂の向かって左側には、大量の風車で縁取られた遊歩道がある。

オーブがうぜーなー。お分かり頂けるであろうか?

ただの雨ですよ雨。こんなのじゃお分かり頂けませんよ。

全然やまなくてやんなるわねー。


ここは「賽の河原」とも呼ばれていて、道の両側には幼くして亡くなった子供を供養する為のお地蔵様が置かれている。


お地蔵様の顔立ちはそれぞれ異なり、着ている服は手作りだとか。
ちなみに、ある関係者の話では、こうしたお地蔵様の印象は、 不思議と供養されている故人に段々と似てくるという事もあるそうだ。


一定の間隔で配置された祠の中にもお地蔵様が複数安置されており、 さながらバス停の待合室の様な雰囲気を放っていた。


冷ややかで薄暗く寂しい場所だが、心霊スポット等の恐怖・不安感の様なものはあまり無く、 独特の重厚な空気が漂っている。
我々が歩みを進めると、それに反応するかのように風車がカラカラと回り、 まるで何かを訴えかけられているような気がした。

ちょっと前までエロいオブジェとか見て皆でキャッキャウフフしてたのが嘘のようじゃな・・・。

まあキャッキャウフフしてたのは大魔王様だけですけどね・・・。

ちょっとは霊場で魂を浄化されなさいよ・・・。


遊歩道の終盤に木々の隙間から垣間見える川。
恐らくここが、賽の河原に見立てられている所以と思われる。
特にこれといって特徴がある訳でも無いが、しかし何処か神秘的な風情が感じられた。


恐山と並び、濃厚なスピリチュアル体験が出きる津軽最強の死者供養の聖地、川倉賽の河原地蔵尊。
文豪・太宰治の生家である斜陽館にも程近く、 彼も幼少期にここを訪れ、作品に大きな影響を与えた場所とも言われる。
機会があれば、あなたも生と死を感じに訪れてみてはいかがだろうか。

よし、この流れで次は恐山にでも行くか。

行きませんよ。

行かないわよ。

そしてまた前編に戻る―――。



オマケ

八戸市内の滞在先ホテル付近にあった気になるレストラン。
その名も「ビッグフッド」。
「フット」ではなくて、あくまで「フッド」なのがポイントだ。
併記のアルファベッドでは「bigfoot」と書かれているのに何故・・・。


通りに面したネオン看板付近には、何故か衝突した円盤らしきものがくっついている。


ガラス扉の向こう側には謎のマネキンが・・・これは珍スポットの臭いがする。


さらに敷地内にある小屋の中には、『SAW』のジグソーっぽい巨顔が収納されていたり、 外観だけでもオカルト好きのセンサーに反応する、なかなか見所があるお店であった。


朝になって再び見に行ってみた。
どうやら手ごねハンバーグ料理がメインらしいが、 一方でバイクショップも営業されているという、個性的なお店の様だった。
この時はスケジュールの都合上、入店はしなかったのだが、 また近くまで来た際は寄ってみたいものである。

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